禅林寺通り。赤鳥居通り。4月から幾度も歩いた道。時に俯き、時に笑顔で歩いた道。季節も二つ分が流れた。駅前での仕事もあと1ケ月ほど。駅前にもたくさんの思い出が出来たなとしみじみ。大抵は不動産屋と飲食店だけれども、秋だからかな、どこかセンチな気持ちにもなる。決して後ろ向きな気持ちじゃないけれど。
取り壊された三鷹幼稚園。工事が始まった跨線橋の撤去作業。見慣れた景色もあっという間に変わっていくことを痛感させられた半年間だった。三鷹の外れで生まれて生活してきた僕にとって、駅前の変化は地元地区の比ではなかった。商店街の店舗も目まぐるしく変わっていくのを目の当たりにし、経営というものの難しさ、物価の高騰を一例とした社会不安が街を包んでいるのを感じざるを得ない時間だった。
挨拶回りで近隣の関係機関、病院、クリニックなどを回る最近。万歩計の数字は2万を超える日々だ。先週は三鷹駅周辺のクリニックを中心に回った。待合室で診察を待つ患者さん。時に寄り添い診察同行する親御さんの姿も。その姿を見るたび、背筋が伸びる思いがした。どれほど辛い想いを抱えながら日常を生きている人がいるかということ、僕らは決して忘れてはいけない。小義ではなく、大義を見据えた事業をしなければならないと改めて思う。
障がい福祉というものに携わる以上、その大義を見失った時点で不誠実さを晒すようなものだ。僕らはその背中を、その生き方を見られているのだ。
日本のサッカーの発展に大きな足跡を残したイビチャ・オシムは僕が尊敬する人物の一人だ。彼は数々の名言を残したが、「走るサッカー」を浸透させただけに、その名言にも「走ること」に関するものが数多くある。「走りすぎても死ぬことはない。」「ライオンに追われたウサギが肉離れしますか。準備が足りない。」「レーニンは『勉強して、勉強して、勉強しろ。』と言ったが、私は選手に『走って、走って、走れ。』と言っている。」といった感じだ。走らなきゃならないのは、何もサッカーに限ったことじゃない。
多くの方から理解出来ないと言われた僕の退職。
多くの方から無茶だ、うまくいく訳がないと言われた僕の退職。
あえて多くは語らずにここまで走ってきた。
ちょっとした機会だから、もうひとつオシムの言葉を置いておこう。
「リスクを冒しても攻める。その方がいい人生だと思いませんか?」

