雨はあったものの、今日はまたも気温が上昇。最近、アイスクリームを食べたなんて人も多いのではないだろうか。
僕は滅多にアイスクリームは食べないけれど、コンビニのアイスコーナーなどを見てみると、その種類の多さやなかなかな値段に驚いてしまう。
僕が小さな頃はもっぱらチューペットだった。裕福な家庭ではなかったからということもあるかも知れないけれど、僕ら兄妹にはそれが贅沢なご褒美だった。
今、チューペットと聞いてもわからない人もいるかも知れない。長さが20センチくらいの円柱型のプラスティック容器に原液が入っていて、おそらくはそれが1袋に10本くらい入っている。それを夏は冷凍庫に入れておいてくれた母親。
暑い夏の日に母親から許可が出ると嬉々として妹と冷凍庫を開ける。色も数種類あって、それを選ぶのもまた楽しみの一つ。今から考えると味に大きな違いがあったのかはちょっと疑問だけど。はっきり記憶としてあるのは、決して一人で一本を食べるのではないということ。
妹と二人で色を選んで、カチコチに固まったチューペットを真ん中で折る。折るのは力のある兄の大切な役目。幸いにも真ん中には若干の窪みがあって折りやすかったし、むしろその窪み自体が「真ん中で折って食べることが当たり前」な感じを示しているようにも見えた。
当然ながら大きさは均等になるのだが、片方には1センチほどの吸い口が付いている分だけ「お得感」がある。そう考えること自体が貧乏性だと思われそうだが、チューペットを分け合って食べたことがない人には辿り着けない境地でもあるだろう。
僕は決して良い兄ではないが、「お得感」がある方を自分が貰うほど悪い兄でもない。当然ながら「お得感」のある方を妹に渡す。幼い妹が喜ぶ顔。暑い夏。ゆっくりゆっくり食べるものだから、少しずつ溶けていくチューペット。舌がヒリヒリするぐらい懸命に吸って、一滴も残さず食べる。最後は容器に水まで入れて飲んでは、錯覚だろうけど、甘い水を飲んでいるような気持ちになって妹とはしゃいだものだ。
あの夏はずいぶんと遠い昔になった。けれど今でもキラキラとした夏の思い出として蘇るのはなぜだろう。
物事の価値は、後になってわかることの方が多い。
得ていると満足していると思うものが、実はそんなに価値がない時もある。
けれど。
笑えること、その価値はいつだって変わらない。
そんなことを思う時、仲間と共に笑って駆け抜けるこの夏もきっと忘れられない夏になるだろう。
by ISTP

