二人のベンチ

二人のベンチ

腰を痛めてから二週間、ずっと続けて来た朝のジョギングが出来ていない。せめてもと近所を散歩。いつも同じルートを回り、季節の変化、毎日の変化を楽しむ。それが今のルーティン。いつもと違うことをすると悪いことが起きる、なんてことをついつい考えちゃうのは昔から。縁起を担ぐとも言うかな。
けれど、なかなか眠れなかった昨晩。今日は早めに家を出て、違うルートを通る。今日は行きたい場所がある。夜はまだ開けず、空には丸い月が浮かんでいる。

訃報を聞いたのは昨日。以前の会社で関わらせて頂いた利用者さんの訃報。
一緒に働いた懐かしい日々。
僕が異動してからも、何かある度に電話をくれた。
結婚した際には夫婦茶碗を頂いた。

家の前で息子と遊んでいると、散歩をしていた彼に偶然出会ったことがあり、彼は僕の家の場所を知ることになった。ある日、お風呂に入っていると娘が僕を呼ぶ。「知らないおじさんが来てるよ。」と。玄関を出ると、「ちょっと会いたくなったからさ。」と笑顔の彼。

公園で息子のサッカー朝練を見ている時、偶然会ったこともあった。それ以来、何回かベンチに座る僕の横に腰掛け、一緒に僕の息子がサッカーをする姿を眺めたこともあった。何回かどころじゃないな、何回も。「大きくなったなぁ。」と息子の成長を見てくれた。「間違いなく良い選手になる。」と特大の贔屓目で見てくれた。

先日、とある場所で久しぶりに会った。「開所祝い、持って行くからな。」と肩を優しく叩かれた。その感触がまだ肩に残っている。
誰もいない公園。二人で座ったベンチに腰を掛ける。夜は開けて行き、朝になったけど、彼が来ることはなかった。とても悲しかった。彼に会いたかった。

村上春樹は『ノルウェイの森』の中で「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。」と書いている。間違いなく彼は僕の中で生きている。僕が生きること、それは彼が生き続けることでもある。それを痛切に感じてベンチから立ち上がった。

by ISTP

PAGE TOP