Fantastical

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中央線はオレンジ、総武線は黄色、丸の内線は赤、そんなイメージは昭和の話かな。その赤を使って何かの用事で祖母と兄と四谷に向かう。「うぉ、眩しい!」地下鉄なのに地上にひょっこり顔を出す時、かなり薄暗い地下に潜っていたことを地上の世界によって実感させられる。丸の内線は神田川の橋の関係なのだろう、四谷、茗荷谷、後楽園、御茶ノ水は地上に出るらしい。

今はエレベーターやエスカレーターの設置が進んでいることだろうが、当時の四谷駅はまるでそこが地下かと思うくらい地上出口へは階段を登っていく。

その長いステップはおそらく、足腰の弱まった祖母にしてみればちょっとした試練のようなものだ。「さあ、あとひと踏ん張り!」中学生くらいだったわたしはしわくちゃな手をしっかりと握って、兄は少し曲がった腰に手を添えて、ゆっくりと祖母を鼓舞する。「よっこいしょ!階段、階段、はあはあ・・・四谷怪談・・・お岩さん・・・」。息を切らせながらも冗談を飛ばして一歩一歩ゴールに近づく何ともお茶目な老婆(笑)。

辿り着いた目先には西日と共にうっすら茜色の夕焼けが広がっていた。達成感と感動が重なったのだろう、「こんなものが見れるなんてね、しんどかったけど良かったわ〜とても綺麗ね〜」と大絶賛のおばばスマイルは最高に美しかった。

誰が付けたのか、誰も観てもいないのに夕方のお馴染みTV番組がダラダラと放映されている時、昼間から夜に向かう頃の焼けた空を見つけた時、とりわけ、日曜日のそんな時間帯がとても苦手だった。だから四谷の日が暮れる感じにも全く関心がなかった。別に次の日訪れる、月曜日や学校が嫌なわけではなかったと思う。せっかくの休みにやろうとしていたことがうまく出来なかったり、ただ何となく過ごしてしまった時間を悔いながら夕方を迎えてしまった焦りみたいな気持ち、といったところだろうか、まぁ、残念な心模様が夕方に多く発生したんだな、たぶん。

30代も後半にして初めて、夕陽というものを未来の兆しのように感じられたひとときが訪れた。

綿飴みたいに浮かぶ真っ白の雲は真近にふわふわで。まるでここは海でないのか?と錯覚するかのような広大な青を背に、オレンジとピンクが交差しながらじんわりと優しく染まっていく。存在感のある黄色味かかった橙の太陽は、如何してもたくましく、のんびりだけど確実に地の底に向かって沈んでいく。

その光景のコントラストにずしんと胸を打たれて、目には熱いものが滲んでいたに違いない。その空間に言葉も音も必要ない。

ほんのちょっとの放心状態?

わからない、どれくらいの時間、その場に佇んでいたのだろう。

祖母の笑みを思い起こしながらあの日のマジックアワーと重ねてみるべか。

by ジャー・ジャー

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